暗黒の木曜日から始まるいくつもの悲劇と経験

1929年10月24日にニューヨーク証券取引所で株価が大暴落し、これが発端となって世界規模での金融危機、経済の急激な後退が発生しました。
第一次世界大戦後に大戦への物品提供で重工業の発展、消費の拡張、自動車工業の発展、ヨーロッパが疲弊したことによっての対外競争力の上昇が起因となって輸出の増加などが進み好況な状態を維持していました。しかし、過剰生産と輸出先の欧州の復興などから供給過多、物余りが始まっていました。これに加えて交通などの産業部門に投資が集まるなど次第に適正価格から乖離を始め、調整の局面を迎え一か月間で17%下落した後に下落分の半分を持ち直し、また下落するといった不穏な動きを見せていました。
このような状況の中でゼネラルモーターズの株価が急落、売り注文が殺到し株価が大暴落することとなってしまいました。週明けには午後の取引開始直後に市場が閉鎖してしまうほどの壮絶な売り注文が入り、一日で時価総額140億ドル、週間300億ドルが市場から失われたとされていますが、これは当時の米国年間予算の10年分に相当するという凄まじいものでした。
この恐慌において世界各国は協調せず互いの経済圏の需要を外部にもらさず自国圏内のみで満たそうとするブロック経済圏を作ってしまい、これが後の大戦の素地になったと言われています。
アメリカが取ったニューディール政策が景気の回復に強く働くことがなく、軍国主義を取ったドイツやイタリア、日本などが余剰生産能力を綺麗に消費していき景気の回復が進むという経験がありました。これはニューディール政策自体が間違いというわけではなく、需給のギャップを埋める上でニューディール政策はあまりにも規模が小さく、期間が短かったからと言われています。
1929年当時に各国が連携して動ける仕組みや財政出動によって一時的にでも需要を創出し、失業者が増加することを阻止することなど、恐慌に対しての対策において未完成な部分が多くあったのだと感じますよね。
このようなことがあったからこそ現代においてのIMFや各国政府が互いに協調しあい、中央銀行が密に連携をとって市場の安定化に努めていくという姿は心強いと思いませんか?